音楽をみる
音楽をみる。
一つ一つの音の煌めき、うねる音のうま味成分。
直接、細胞にアクセスして染み渡る。
このちっぽけな体だけじゃ受け止めきれない。
街の端から端まで駆けずり回りたい気分になる。
鼓膜が最低4つは欲しくなる。
皮膚を、頭蓋骨を通り越して。
全て破って満たされたい。
ホルマリンが音楽だったら。いま浸かるのも悪くない。
陶酔。そう思う。非現実。これが実情。
ego、音楽は一文字で括る癖がある。
放射線の"放"にカテゴライズされる音楽は、音の先が長い。
長くて細くていくつも走る。
走って走ってゴールはない。
しかも切り返しの中間地点はなくて。
一方通行。
Lyric、歌詞を聴きながらの音楽はあまり見えない。
受験勉強では、文字を読みたかった。だから。
言語情報を排除しようとした。言語的に咀嚼不可能な記号しかふくまないものを。
けれど
音はそれ自体でじゅうぶん歌詞だった。
組み合わさって意味を作って、解釈を生んで。
目にうつる。
色のような。